あなたがいたら ~15~ 

俺が日本に降り立ったのは13時間後の、日本時間だと午前11時過ぎたあたりだ。

日本の空はこの季節には珍しく、今にも雨が振り出しそうな雲行きだ。

まるであいつらみたいだな…。


タラップを降りると、タマが手配した運転手が迎えに来ていた。
そのまま真っすぐに娘の入院している病院へ向かった。
そこはうちの病院で、政界・財界・著名人がお忍びで入院する為に一般患者とは隔離されたエリアがある。
勿論俺の病院なんだから俺が現れたら直ぐにばれちまうから、タマが用意したカツラに眼鏡と付け髭を車内でつけて俺は院内に足を踏み入れた。

入口までタマが迎えに来ていて俺を出迎えてくれた。曲がった腰を深々と下げ、上げた顔からは隠しきれない疲労の色が色濃くあらわれていた。

もう高齢だってのに、随分無理しやがって。
娘の家族に変わって自分が付き添うと言い張って聞かなかったと報告をうけてるが…

「長旅をお疲れ様でございました。ご無理を言って申し訳ございません。どこかお加減が優れないとこでもございますか?」

おまえの方がどう見ても倒れちまいそうだぞ。
しかし、今は何を言っても聞かないだろうしな…

「ん。大丈夫だ。タマ、辛かっただろう。ありがとうな。」

俺の右手は自然とタマの左腕に伸びてさすっていた。
その行為にタマは小さく微笑んだ。
こんな事しかしてやれなくてすまないな。

「それで、あの娘は?」

「こちらでございます。」

そう言って案内されたのは、一番奥の病室。
ソーッとドアを開けると、中には青白い顔をした娘が点滴を繋がれて眠っていた。

報告書で見た表情は今にも声が聞こえてきそうな程に笑っていたり、怒っていたりと色とりどりに全てが生き生きと生命力に満ち溢れていたというのに、今目の前にいる娘は本当に同一人物なのか?それだけでこの娘の受けた苦痛の大きさが伺い知れた。

頬もこんなに…あいつに殴られたなら相当痛かっただろうな。

「で、体調はどうなんだ?」

「貧血と母体へのダメージがあるので明日まで入院になっています。」

「そうか。」


俺が娘を眺めていると、閉じられている瞳を覆うまつ毛がぴくぴくと動き出した。そして、ゆっくりとそれは開けられ、現れたのは予想に反して報告書通りの強い意志を持った大きな瞳だった。

身体をどんなに傷つけられても、この娘の心は身体程に弱くなかったって事か…。
女にしておくには勿体ない強い娘だな。さすがあの楓に啖呵を切った事があるだけある。

「つくし、目が覚めたかい?」

「あの…どちら様ですか?」

キョトンとした顔して首を傾げる娘に、俺とタマは二人で目を合わせた。するとタマが俺の頭を指さして目配せをした。

「そうだ変装してたのをすっかり忘れちまってたな。」

俺は娘の様子を伺いながら付け髭をビリビリとはがして眼鏡を外し、その間も驚いた様子で娘の大きな瞳はこれでもかと見開いていった。
そして、最後にカツラを取ると、娘の驚いた表情は恐怖に変わった。

俺の髪の毛は司と同じだからだな。

タマもそれを察知したんだろう、娘を抱きしめて呪文のように言い聞かせ始めた。

「この方は坊ちゃんじゃない。この方はつくしの見方だよ。」

そう何度も繰り返し繰り返し言い聞かせ、娘もタマに合わせて同じ事を口にして、何分経ったのだろうか…
落ち着いた時には俺の事も見る事ができるようになっていた。

「つくし、この方は道明寺財閥総帥だよ」

「それって…やっぱりあなたはあいつの…」

「この度は愚息がとんでもない事をしてしまって本当にすまなかった。」

俺の謝罪の言葉を聞いた娘は、まさか俺が謝るとは思ってもいなかったんだろう。又瞳を見開いて驚いていたが、やがて一度瞼を伏せて大きく深呼吸すると次に俺に向けた娘の瞳はとても穏やかで

「あなたがした事ではありませんから。」

―あっー

俺は司がなぜこの娘に惚れたのかが分かった気がした。


「…そうか…。だが俺は謝らずにはいられなかった。」

「おなかの中の赤ん坊だが、」

俺が言いかけたところで娘はその先を遮り叫んだのだ。

「産みます!反対されても絶対絶対何が何でも産みますからっ!!」

何勘違いしてんだか…

「フッ…安心しろ。俺は中絶させる為に来たんじゃない。そんな事なら俺はここには来なかっただろう。」

「では…どうして?」

「タマがな、泣きながら頼むんだよ。」

「赤ん坊とつくしさんを守りたいってな。」

「俺にその助けをさせてくれないだろうか?」

「産んで…グスン…産んでもいいんですか?」

「あぁ、産んでくれるかい?」

「うわあぁーん…うえーん…タマさーん」

そう言って、つくしはタマに抱きついて、二人は尊があきれるほどに泣き喚いた。

そんな二人の姿を眺めながら、以前の自分なら考えられないだろうが、微笑ましくほっこりする気持ちを感じていた。



***

「ところで今何か月なんだ?」

そう質問すると、娘はタマに何やら頼みごとをして、タマが持ってきたのはピンクのチェック柄のファンシーな手帳。そして中から取り出したのは白黒の写真で、一瞬何が写っているのか分からなかったが、よく見るとそれは胎児のエコー写真だった。

つくしは嬉しそうにエコー写真の説明をしてくれた。その説明は分かりやすくて、きっと医者からそう説明されたんだろう。一言一句聞き逃さなかったんだろうな。そう思うと例え予期せぬ妊娠だっただろうとしても、つくしが本当にこの妊娠を喜んでくれているのが分かり、俺はほっとしてしまった。

本来なら父親としてこの妊娠は反対すべきなのかもしれない。
財閥の総帥として、グループの為にも反対すべきなのかもしれない。

だが、産んでほしい。


司が刺されたのは俺のせいだ。それにより記憶喪失になったのならそれすらも俺のせいだ。

俺も楓も、忙しさを理由に子育てをタマをはじめ使用人やありとあらゆる講師任せにしてきた。

そして司の成長は報告書から知ってきた。幼かった司が俺と楓を恋しがっている事も知っていた。だが、それすらも知ったのは報告書からだったのだ。

その負い目もあって、これまで司が欲しがる物は何でも与えてきた。

有り余る金であらゆる贅沢をさせ、司は幸せだ。

結局はそう俺自身が思いたかっただけなのかもしれない。

それでもあの頃の俺はそう自負があったのだ。


だが俺は肝心の一番欲しがっているものは与えなかったのだ。

本当は何が一番欲しいのか気づいていたってのに、仕事を理由に気づかないフリをしているうちに、だんだんとフリではなく、本当に気づかなくなっていったのだ。

今ならわかる。

あいつが欲しいのは愛情だ。

俺と楓が与えてやれなかった愛情を、つくしの中にみつけたんだろうな。

例え今は思い出せないのだとしても、きっといつかは思い出すだろう。その時中絶したと知ったら、あいつはどうなるだろう。レイプなんて鬼畜な事した事実を知っただけでもあいつはおかしくなってしまうかもしれない。


俺はタマ同様にこの産まれてもいない胎児が“希望”なんだと感じる。

だから、どんな事をしても守ってやりたい。


これが俺にできる贖罪だ。





にほんブログ村

スポンサーサイト

4 Comments

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2017/07/25 (Tue) 13:08 | REPLY |   

-  

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2017/07/25 (Tue) 17:24 | REPLY |   

きぃ  

こんにちは。

じゅん〇さん


こんにちは。実験と言う言葉に、読者さんはそう受け取ってらっしゃるのかと、フムフムと読ませて頂きました。
そんなつもりはなかったのですがね(笑)
まだ実験?は続きますが暖かく見守って頂けたら幸いです。
コメントありがとうございました。

2017/07/26 (Wed) 13:06 | REPLY |   

きぃ  

Re: タイトルなし

ゆきた〇〇さん

こんにちは。
今回の決断についてですが、即決と言われると、そんな軽い気持ちで決断させたわけではないのですが…
もっと丁寧に書けばよかったのかと反省させられました。

2017/07/26 (Wed) 13:16 | REPLY |   

Leave a comment