Love Letter ~中編3~ 

翌日、道明寺は約束通りランチタイムになると教室に迎えに現れた。
道明寺との交際に不安がないわけではないが、昨日のランチは思いのほか楽しかった。ここに入学してからずっと孤独だったつくしにとって、初めて楽しいと思えた時間だったのだ。そして、今こうして又来てくれた事が例え衆人環視という恥ずかしさはあるものの嬉しくもあった。

「行くぞ。」

つくしはバリトンボイスの司に呼ばれ自らの弁当を持つと小走りに駆け寄った。
そして、司の手元にトートバッグがあるのに気が付いた。

「まさか?」

「あぁ、俺の弁当だ。」

これからランチを一緒に食べる約束はしたが、司が何を食べるのかわからず、カフェテリアに行ってつくしはお弁当を広げるという覚悟をしていたのだ。それだけに自分に歩みよってくれた事が嬉しかった。

並んで屋上へ行くと、道明寺はトートバッグの中からシートを取り出し固いコンクリートの上に敷き、その上に座るよう促してくれた。更にはひざ掛けまで出てきて、ふわっとつくしの膝にかけてくれ、女の子扱いされた事に驚いた。

更に驚かされたのは司の弁当の中身だ。デパ地下の総菜売り場で買ってきたかのような色とりどりの総菜に、フルーツもふんだんに入っていて、見るだけで食欲が沸いてくる豪華な弁当だった。

「すごいおいしそうだね。」

「はんぶんこにしようぜ。」

「クスッ……道明寺がはんぶんことかって」

「なんだよ?笑うんじゃねぇよ。」

「クスックス……ゴメンゴメン。なんかカワイイなと思って♥でも本当にいいの?。」

道明寺はカワイイと言われ、顔を赤らめながら自らの弁当からおかずを一つ、又一つととり、蓋にのせてつくしへ差し出した。

「ホレ、……おまえのもくれよ。」

つくしも司に習っておかずを蓋に取り分けると差し出した。

「後から返してとか言わないでよね?」

「んな事言わねえよ!」

庶民のおかずを前にして、いとおしいものでも見るかの如く司の表情がほころんで見え、より一層かわいらしい人なのだとつくしは思った。

二人はいただきますをして、お互いに貰ったおかずを口にした。

「フフッ……んん~ヤバい美味しすぎる‼」

「そうか?俺はおまえの弁当のがうまいな。」

「そ……んな、わけないわよ!あんた舌おかしくなっちゃったんじゃないの?」

「おかしくなってねぇよ。味はまぁ確かにうちのがウマイけどよ、おまえのがこもってるだろ。……愛情ってのがよ。」

ぼわんっ!とつくしは気恥ずかしくて沸騰した。
よくそんなクサイセリフが言えたものだと思うのに、うれしくもあった。

そんな微笑ましい二人を、屋上に続くドアからこっそり覗く人影がいた。

幼少より長年の付き合いの中でも初めて見る幼なじみの姿に三人は驚いていた。

「司の奴、どこであんなクサイセリフ覚えたんだ。」

「あぁ、まさかあいつの辞書に‘愛情’なんて言葉があったとはな。」

「だな、にしても許せねぇな。」

三人は勢いよくドアを開けると、二人の元へ向かって歩き出した。

総二郎は司の肩に腕を回すと、からかうように囁いた。

「おい、おまえようやく女に目覚めたかと思ったら早速二股かよ?」

‘二股’という言葉に青筋を浮かべ、つくしの前では封印していたドスを聞かせた声でぶちギレた。

「はぁ!?んなわけねえだろ。」

その剣幕に、言われた総二郎だけでなく、他のみんなも驚いた。

「「まさか…おまえが言ってたイイ女って」」

「んなのこいつ以外いねぇだろ!」

総二郎とあきらは信じられないとばかりに目を見開いてつくしを頭の天辺から足の爪先までじっくりと見つめた。

つくしは頬を赤らめた。
それは総二郎とあきらというイケメンにに見つめられているからでもあるが、彼らの一歩後ろに憧れの花沢類が立ち、こちらを見ているからだ。
夢にまでみた、花沢類がすぐ目の前にいる

「あの…初めまして、牧野つくしです。」

頬を染め、ハニカミながら挨拶するつくしを司は横から眺めていた。
そして、つくしの視線が類に向けられ頬を赤らめている事にも気づいていた。

つくしはF3に気を取られ、この時司がどんな表情でつくしを見ていたのか気が付かなかった。

司の悲しそうに歪んだ顔…それを見逃さなかったのは類ただ一人。

司は楽しそうに大きく口を開けてケラケラと笑い、無防備に笑顔を振りまくつくしに悟られないよう、拳を握りしめて我慢していた。
そんな様子に気づいたのは、気配り上手のあきらだ。

「お?司君、愛しいつくしちゃんを独り占め出来なくてイジケテルのかな?」

「な…んなこたねぇ!てか、誰がつくしちゃんって言っていいなんて許可した?」

「ドードー、男のやきもちはモテねぇぞ♡」

「おめぇら…あっちイケー!!」

「「じゃあな、牧野」」

総二郎とあきらは二人に手を振り、類は一瞥しただけで三人は司とつくしの元を去って行った。
三人が去り、途端に沈黙が訪れた。
お互いに何を話そうかと模索する中、つくしはずっと憧れていた花沢類の事がもっと知りたくて口を開いた。

「花沢類さんって、いつもあんなに無口なの?」

あくまでも興味だけで、そこに他意はなかった。
しかし司にはつくしの口から類の名前が出る事は大きな意味があり、司の胸を締め付けた。

「そんなに類が気になるのか?」

不機嫌を隠す事も出来ない程イライラしてしまい、つい司はきつく当たってしまった。
その様子に、なぜ怒っているのかわけがわからず、二の句がつげなかった。

広い屋上で再び沈黙が訪れた。先程までの楽しいランチタイムはどこへ行ったのか…。このままでは……司の脳裏に過るのは最悪のシナリオ。クソッ!司はやきもちから空気を悪くした事を反省し、なんとかしようと唐揚げをつまむとつくしの口に放り込んだ。

突然一口では食べきれない程の大きさの唐揚げを放り込まれ、もぐもぐさせながらも、その大きさにうまく呑み込めず涙目なった。司がお茶を差し出し、それで流し込むと漸く落ち着いたつくしは司にめいいっぱい抗議した。

「バカじゃないの!あんたあたしを窒息させる気!?」

「スゲー顔だったな。ハッハッハ」

今度はつくしが大笑いをしている司の口に、仕返しとばかりに更に大きな唐揚げを放り込んだ。

ゲホッゲホッ…

むせこむ司にお茶を差し出し、司もそれで流し込んだ。

「おまえ俺を殺す気か!!」

「フンだ!お互い様でしょ。」

そんないざこざをしながら、二人には笑いが戻っていた。

あぁ、やっぱり笑ってるのが一番居心地がいい。
お互いに口にせずとも、確かに想いは一緒だった。


「今日も一緒に帰るから、迎えに行く。勝手に帰んなよ!」

「え!?本気で一緒に帰るの?」

「あったりまえだろ!約束したじゃねぇか。」

そう言うと、司は後ろポケットから颯爽とある物を取り出し、つくしに自慢げに見せた。

「どうだ!俺もSuica作ったぞ。」

そう言って掲げているのはゴールドカードのSuicaで、PRADAの定期入れに収められている。
いつの間に作ったのか?そして定期入れもおそらく急きょ購入したのだろう。
つくしは司の行動力に下を巻いた。
そして、司が本気で一緒に帰りたがってくれている事の証だとも思えた。何よりつくしは躊躇っているというのに難なく歩み寄って来てくれている事がとても嬉しかった。

「クスッ…あんたすごいよ。ありがとね。」

「まぁ俺様に不可能はねぇからな。これで毎日一緒に帰れっだろ?」


***

二人の微笑ましい付き合いはあっという間に一か月が過ぎた。
その間毎日一緒にランチを食べ、下校はずっと、司はつくしと共に和菓子屋までの道のりを共にして、短い逢瀬を重ねた。アルバイトのない日はファーストフードに挑戦したり、つくしの行きたかったカフェに行ったりと、セレブとはかけ離れた庶民デートを楽しんできた。
司は本当はもっとおいしいレストランや、オシャレなお店に連れて行きたいという願望もある。だがそれを実行に移さないのはつくしの気持ちがまだ自分に向いていないのではないかという不安があるからだ。

俺の世界も知ってほしい。だが俺を好きになってくれてからでいい。
そう言葉に出来なくても念じ続け、それで自らを鼓舞し続けていた。


そんなある日、一瞬の不注意でずっと隠そうとしていた秘密が明るみになってしまった。
それは下校の為に昇降口で靴を履き替えている時の事、司はお守り代わりにポケットにしまっていたつくしから貰ったラブレターをパサッと落としてしまった。司が気づくより先に、たまたま居合わせた類がそれに気が付き拾ってしまったのだ。

「あれ?これ見覚えある。」

その声に司が振り返ると、類の手元にはラブレターが握られていた。
最も見られたくない相手に見つかってしまった。決して見られてはいけなかったというのに…司の額には脂汗が浮かんできた。

「返せよ!」

司は類の手から強引にそれを取り返すと、再びポケットに収めた。

類の瞳は司の瞳を捉えた。逸らしたいのに逸らす事が出来ない。司は類に心が見透かされているかのように感じられた。

「それ、前に俺の下駄箱に入ってたのだよね?」

次の瞬間、ドスン!という音が背後からして振り返ると、そこには大きな瞳を見開きショックを露わにしているつくしが立っていた。

「どういう事!?」

その声は司を糾弾し、その目は司を軽蔑しているように感じられた。
なぜなら、司には大きな負い目があるから……。

司は俯き、普段の自信に満ちた彼からは想像がつかない程弱弱しくただ一言、つくしが聞きたくなかった言葉を口にした。

「俺がとった。」

その言葉につくしは落としたカバンを拾うと踵を返して走り出した。






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Love Letter ~中編2~ 

つくしはバイト先の和菓子屋へ入りスタッフルームへ駆け込むと、大きく深呼吸をした。
今日は朝から怒涛の一日だった。

「どうしたの?すっごい溜息ついて。」

「あっ!優紀来てたんだ?」

「来てたんだ?じゃないわよ。どうしたの?」

優紀の顔を見たら、話さずにはいられない衝動にかられた。というよりも、聞いてほしかった。
こんな事優紀以外に相談出来る人もいないしこれ以上一人でため込むにはキャパオーバーになりそうだった。

「優紀、聞いてよぉ!」

それからつくしは着替えながら、そしてバイトが始まってからもお客があまり来ないのをいい事に、優紀にラブレターを書いた事から始まりついさっきまで一緒に居て送ってもらった事までを事細かに事実だけを話した。

親友の牧野つくしが通っている英徳学園で馴染めずにいる事は入学初日から聞いていて知っていた。そして、そんな彼女が密かに憧れている一つ年上の花沢類という先輩がいるという事も。
話しかける事はおろか近づく事さえ出来ない雲の上の存在であり、学園のアイドルF4の一人だという。
つくし曰く、花沢さんは“ビー玉の瞳の王子様”らしい。
そして今回つくしが間違えてラブレターを出した相手がそのF4の一人で道明寺司さん。
つくし曰く、常に眉間に皺を寄せてイライラしてて、蛇のような目つきで怖い。でも、髪型はチョココロネみたいでウケるらしい。
と、以前から聞いていたF4の話はそんな人たちだった。

ていうかさ、よく話した事もない相手にラブレターなんて出したね。
優紀は心の中ではそう思っていた。それでも孤独な学園の中で見つけたキラキラとしたよりどころがその人なら憧れずにはいられなかっただろうし、お近づきになりたかった気持ちも分からなくもない。
それがまさか…

「ドジだね、あんた。」

「何度も確認したんだよ。」

「でも実際道明寺さんに渡っちゃったんでしょ?」

「んん…それはそうだけど。」

「てかさぁ、なんですぐに間違えましたって言わなかったの?後伸ばしにしたらドンドン言い出せなくなるだけだよ?」

「うん…分かってるんだけどね。もちろん言おうとしたけどさ、すごいのよ!」

「何が?」

「オーラが!!」

「……ぷっ、ぷぷぷっ…なにオーラって!?」

「優紀も見たら分かるよ。圧っていうのかな?
クスッ…でも今は言えなくて良かったのかなって思ってもいるんだよね。先入観で関わりたくない人って思ってたんだけどさ、一緒にランチ食べたり、教室でクラスメイトに怒ってくれたり、ここまで一緒に来たりしてみてイメージ変わったんだよね。だから悩んじゃって…。
ねぇ、あたしどうしたらいいの!?」

「んん…ていうかさ、そもそもなんで道明寺さんは告白OKしたんだろ?これまで接点なんてなかったんでしょ?当然あんたを知るわけもないだろうし。」

「とりあえず彼女が欲しかったとか?」

「それなら聞いてる限り選び放題の人なんじゃない?そんなスペック持ってる人なんて他にいないよ?こういっちゃ何だけどつくしより条件いい人もいると思うんだけど。」

「それは…」

もっともだ。気づいてはいたけど、やっぱそう思うよね。
つくしは言葉に詰まってしまった。
そんなつくしを見て、悪気はなかった優紀も言い過ぎたと感じた。

「…なんかごめん。」

「ううん。…確かにそうだよね。」

優紀の言う通りだ。何で選び放題の中あたしを?
あたし、騙されてる?

どんどんと表情が曇っていくつくしを見つめながら優紀は先程の発言を後悔していた。

「もしかしたらさ、今は庶民が物珍しいだけなのかも。」

自嘲気味にいうつくしに、益々罪悪感に優紀は襲われた。
つくしの長所は親友である自分が最もよくわかっていて、太鼓判を押せる自負があった。だがそれはつくしの容姿にではなく内面に対してだ。勿論容姿もかわいい。だがつくしを好きになってくれる人には容姿ではなく内面を見て好きになってほしいという想いがあったのだ。
つくしがいうにはこれまで全く関わりがないという。だったら容姿を気に入ったというのか?
んん…

「道明寺さんの真意はわからないけどさ、これまであんたから聞いてた人と同一人物とは思えないし、あんたに合わせてくれてるのもポイント高いんじゃない?
ごめん。話戻すけどさ、あんたの話聞いてるとあたしに相談しなくてももう答え出てるでしょ?」

答えが出てる?
つくしは優紀の言葉の意味が理解できずに優紀の瞳をジッとみつめたが、丁度その時女将さんから声がかかった。

「ちょっと牧野さん松岡さん、お客様よ。」

二人は慌てて姿勢を正して視線を入口に走らせた。

「「いらっしゃいませ。。」」



*****

その夜道明寺司の熱愛ニュースを耳にしたF3が司を訪ねて道明寺邸にやって来た。

「おまえ女が出来たってマジかよ?」

「あぁ。」

「しかも相手は庶民の女だっていうじゃねぇか。そんなに美人なのか?それともナイスバディなのか?」

「いや…美人ではないな。ナイスバディでもない。」

「はぁ!?じゃあ何がおまえをその気にさせたってんだ?」

「……イ……」

「はぁ?聞こえねぇよ。もっとはっきり言えよ。」

「ウルセー!あいつは最高にイイ女なんだよ!!」
いいか、あいつに近づくな。指一本触れるな。一言たりとも話しかけんじゃねえぞ。」

そう言い放つと、これ以上は詮索するなと言わんばかりにポイッ!ポイッ!ポイッ!っと三人は邸を追い出された。
しかしそれで引き下がる三人ではない。今夜はさすがに司を聴聞する事はもう出来ないだろうからと、翌日にむけてある作戦を立てた。

「聞いたか?イイ女だとよ。しかも…最高にだと。」

「クックック…楽しみだな。あの童貞チェリーの司がその気になったんだからマジで超絶イイ女なんだろうな。」

「けどよ、そんなイイ女なら俺らが知らないわけなくね?
知ってるか?」

「いや知らねえ。
類は知ってっか?」

「ううん。興味ない。」

「ま、類も司同様お子様だかから。
何にしても、司が独り占めとは黙ってらんねえよな?」

総二郎とあきらは二人の思い描くタイプの女性を想像し、類はどうでもいいとばかりに無関心を露わにしていた。


そして思い思いに夜は更け、又新しい朝がやってきた。




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Love Letter ~中編1~ 

キーンコーンカーンコーン♪

授業の終わりを告げる鐘が鳴ると同時、ガラ―ッと教室のドアが勢いよく開いた。
当然教室中の視線がそこに集中し、女子たちは中々間近で見る事が叶わないアイドルのような存在である道明寺の登場に黄色い声を上げて喜び、男子は緊張して押し黙る者もいれば、圧倒的カリスマオーラに女子にも負けない歓声をあげる者もいた。

そんな中、一人無言で俯いているのは司がこの教室を訪れた目的の人物。

何で視線を合わせてくんねぇんだよ。と不満に思うも、今朝の様子を考えたらこれも仕方ないかと想い改める。

「一緒に帰るぞ。」

聞こえるように席に座って俯いたままのつくしに呼びかけると、観念したのかつくしは顔をあげた。しかし、口から出たのは期待していたのとは違う言葉だった。

「予定があるから無理。」

つくしのそっけない返答に、司ではなくクラス中がつくしをなじり始めた。

「無理とかって、あんた何様!?」

「道明寺さんのお誘いを断るだなんて信じられない!!」

しかしそれは、一人の抜け駆け発言を発端にそれ始めた。

「牧野さんが行かないならわたくしが♡」

「何言ってんのよ、わたくしが♡」

わたくし、わたくし、わたくし…etc.と女子達が道明寺とのデートを狙って小競り合いを始める中、それは全く視界に入らない道明寺は教室に足を踏み入れつくしの席の前に立った。

「急に来て悪かったよ。でもよ、こうでもしないと一緒に帰れないなと思ってよ。」

先程断られたというのに、いやな顔一つせず、穏やかにつくしに想いを告げた。
その声も表情もとても穏やかで、いつも王様然としている彼からは想像つかないものだった。
それでもつくしには譲れない予定がある。

「…えっと…でも今日はバイトがあるから。」

その言葉に、クラス中が笑いに包まれた。
しかしそれは決して心地よい笑いではなく、つくしを卑下しての笑いだ。

「ぷっ…クスクスクス…バイトですって」

「これだから貧乏人は、ひさぁん」

つくしがバイトをしている事をゲラゲラと見下したように笑うクラスメイトに、つくしはプルプルと拳を握りしめて我慢していた。誰に恥じる事があるのか?遂に啖呵を切ろうとしたその時、ガンッ!ドンッ!と激しい音が教室中に響き渡った。

道明寺が近くの机を蹴り上げ、その衝撃で勢いよく机が倒れたのだ。
そこの席に座り、最もつくしをバカにしてやじっていたその女子は呆然と椅子に座ったまま顔面蒼白で固まってしまった。
他のクラスメイトも全員がその光景に押し黙った。

「俺はこいつをバカにするおまえらのが悲惨だと思う。」

シーンと静まり返った中、

「じゃあ、そこまで送る。いいよな?」

これ以上教室に留まるにはいたたまれず、つくしはコクコクと頷きカバンを持つと、道明寺の腕を掴んで足早に歩きだした。

「悪かったよ。」

予想外の言葉につくしは驚いた。一体何に対しての謝罪なのだろう?
大きな瞳を見開いてきょとんとして首を傾げるつくしの表情から、言葉の真意が伝わっていないのだと悟った司は言葉を繋げた。

「俺のせいでクラスのやつらに…」

「ううん。
あの…かばってくれて…ありがとね。」

「お、おう。」

「それとさ、バイト先までだけど、やっぱり来ないで。あの車目立っちゃうし」

「おまえは何で行くんだ?」

「そりゃ電車だけど」

「じゃ、俺も電車で行く。」

「いいよ、それにバイト先着いたらそこでお別れだし悪いもん。」

「俺が一緒に居てぇってんだからいいだろ?第一悪いと思うか思わないかなんて俺が嫌じゃねぇんだからいいだろ?」

「でも…」

「ほら、遅刻したらまずいんじゃねぇか?行くぞ!」

そう言って道明寺はつくしの手を握りしめると、学園中の視線を集めながら後にした。


*****

「なぁ、電車ってどうやって乗るんだ?」

混雑している駅の改札で、つくしにとっては突拍子もない質問がされた。

「まさか乗った事ないの!?」

珍獣を見るかの如く自分をみつめるつくしにムッとして、司は腰に手を当て自信満々に言い放った。

「バカにすんな!」

そりゃいくら坊ちゃんでも電車くらいのるか。

「幼稚舎の頃に一度だけ乗った事がある!」

……。どんだけ昔よ。しかも一度だけって。

「それって10年以上前って事?………クスクスクス……」

「笑うなよ。」

「クスクス…ごめん、なんかかわいくって。」

「そんなん褒めてねぇぞ。」

そう言って顔を赤らめてそっぽを向いた道明寺を、つくしは本当にかわいいと感じていた。

「なぁ、俺が持ってんのは切符だけど、おまえや他のやつらが持ってんのはなんなんだよ?」

「これ?Suicaだよ。このカードにお金をチャージして、改札入る時にピッてかざして出る時に又ピッてかざすとSuicaから引かれるから便利なんだよ。」

「ふーん。そんなんがあんのか。」

そんなこんなで司は電車に乗ってつくしをバイト先へと送り届けた。
たった20分ほどで、話した事は本当に他愛ない事ばかりだった。それでも一つ、又一つと知らなかったつくしを発見する度に胸の奥がほっこりあったかくなった。

「そこがバイト先だから。」

つくしが指した先は和菓子屋だった。

「あっという間だったな。」

「うん。」

「じゃ、明日の朝又迎えに行くからよ。」

当然のように言われたが、つくしは朝だけで懲りていた。

「ダメ!無理!絶対来ないで!!」

「ハァ?なんでだよ?女を迎えに行くのは男の役目だろ?」

「へ?んな役目ないわよ!朝は一人で行けるから。」

「なんだよ?他に男でもいんのか?」

「ま、まさかそんなんいないわよ。ただ、家のまわりをあの車でうろつかれると近所迷惑だし目立って仕方ないから。」

「なんだよ、そんな理由ならセダン行くからいい。」

「それだけじゃない。朝はお互い忙しいし、ほらあんたの家世田谷でしょ。離れてるんだし、別々で行こうよ?
その分さ、たまに一緒に帰ろう?」

もうバイトの時間も迫っているので、つくしは司の目を見つめて渾身のお願いをした。
身長の関係上、上から見下ろす司には、つくしの瞳がうるんで上目遣いをしているように見えた。

「ズリーぞ、…クソッ…たまにじゃなく毎日だ。ぜってーだぞ!あと一緒にランチも食うからな。」

「クスクスクス…毎日はなぁ(笑)」

「テメッ!」

「ウソ。分かった、約束ね。」

そう言って牧野は小指を立てて目の前に出した。

「ほら、指切りげんまん。」

俺は牧野の勢いにつられて指をおなじようにすると、それは牧野の指と絡められた。

「指切りげんまん ウソついたらはりせんぼんのーます 指切った!」

俺は呆気にとられてその指を見つめていた。

なんだよこれ…なんの呪文だ?…かわいすぎんだろ?

「あれ?指切りげんまん知らなかった?子供の頃お母さんや友達と約束する時やったでしょ?」

「いや…俺のまわりはこんなんやる奴一人もいなかったな。」

「そっか。じゃ、これが初なんだね。これからいっぱいしようね?」

そう言って牧野は俺に手を振って和菓子屋に入って行った。
俺はついさっきまで絡めていた指に視線を落とした。

指切りげんまんか…。マジで約束だかんな。



その頃、学園は道明寺財閥御曹司である司と庶民の牧野つくしの話題で持ち切りだった。それは今日は休んでいた総二郎とあきら、そして類の耳にも入った。

「なんだかおもしれー事になってるみてぇだな。」

「あぁ、あの女嫌いの司の気を引くとはな。」

「楽しみだな。牧野つくしちゃん。…クックックッ」




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Love Letter ~前編~ 

このお話の司は、原作やドラマ版と基本同様の設定です。唯一違うのは赤札やイジメはしない男です。
その分マイルドな司になっているはずです。
どんな結末になるか、短編なので想像つきやすいかもしれませんが楽しみにして頂けたら嬉しいです。



***


「ヨッ!迎えに来てやったぞ。」

迎え?つくしは、今わが身に起こっている事が理解できずにいた。
突如登校中の道で横づけされた場違いなリムジン。そして中々出てきたのは、つくしが最も関わりたくないと思っている男だった。
そしてその男とこれまで何の接点も関わりもなく過ごしてきたというのに、なぜ今目の前に現れたのか?疑問に思っている中で更に困惑させる意味不明なお迎え宣言。
男の言っている事が全く心当たりもなく理解できなかった。

「あのぉ、迎えとはどういう事でしょう?そんな事して頂くような間柄でもないですよね、あたしたち。」

「フッ…おまえバカか?」

鼻で笑いながらそう言うと、目の前の男はパンツの後ろポケットから何やら封筒を取り出した。

「これ、なんだか分かるよな?」

えっ…なんでこいつが持ってるの!?
わからないのでわけがない。
見間違えるはずがない。
なぜならそれは、生まれて初めて想いをしたためたラブレターであり、昨日想い人の下駄箱にこっそりと置いてきたのだ。

ちゃんと名前確認したはずなのに、まさかの間違い!?うそ、どうしよ。…とにかくまず間違いですって言って取り返さなくちゃね。

ヨシ、と意気込んで言おうとしたところで、目の前の男はとんでもない事告げ、その衝撃につくしは出鼻を挫かれてしまった。

「…………告…………やる」

「今…なんて…」

「だぁかぁらぁ、おまえの告白受けてやる!」

「そんな…あたし」

なんて言ったらいいんだろう。間違えました!って全力で否定したいのにこの恐ろしいまでの威圧感は何?めっちゃ目つきが蛇みたいで怖いし…大体なんであたし今睨まれてんの?

つくしは視線を合わせないように俯いた。

すると、又してもとんでもない言葉が男の口から飛び出して、つくしは恥ずかしさのあまり顔を赤らめた。

『ずっと好きでした。 牧野つくし』

「これ、おまえだろ?」

…………おぉ神様。

「あはっ…あはっ…そうみたいですね…あははは…」

最早笑うしかないよ。
なぜあたしはよりにもよってこの男の下駄箱に間違えて入れてしまったのでしょうか。
そもそもなぜ‘’花沢さんへ‘’ってちゃんと書かなかったのか。
今はそれが悔やまれますよ…ハハハ

「アハアハ笑って気味悪いぞ。いいか、たった今からおまえは俺の女で、俺はおまえの男だ。」

なにそれ俺の女!?おまえの男!?冗談じゃないんだけど。

「まぁ、いつまでも立ち話してらんねえな、乗れよ。」

一体どこへ連れて行く気なのだろうか?子供のころから見ず知らずの人には付いて行ってはいけない。そうしつけられてきたが、知らないわけではないが、それは学校が同じだからであって、友達ではない以上他人も同然だ。

「い、いいです。」

絶対乗りたくない!その一心で乗車を拒み続けていると

「いいから乗れ!後ろつかえてんだろ。」

言われて視線を向けると、リムジンの後ろには何台もの車が道を塞がれクラクションを鳴らしていたのだ。
全力で乗車拒否する事に気をとられて、渋滞を引き起こしてる事に気がつかなかった。その状況にテンパってしまい、つくしは言われるがままに車に乗り込んだ。

向かい合って座ろうとすると、腕を引っ張られて男の隣に腰をおとさせられた。

その後は隣で何やら楽し気に喋りかけてきてた様な気がするけれど、突然の出来事に気持ちも頭もついていけず、うわの空で空返事を打ち続けた。

男はそんなつくしの事などお見通しだった。
心ここにあらずな事も。自分の話を聞いてくれていない事も。それでも隣に座り、手を伸ばさずとも触れられる距離にいてくれる事が嬉しかった。
30分後、車はいつも通り正門を潜り、玄関前で静かに停車した。

全校生徒はリムジンの持ち主の登校を出迎える為に整列していた。
中からいつも通りその長い足を使って優雅に現れた男。ただ今日はいつもとは違った。男の後からエスコートされて一人の女生徒が現れた。誰もが憧れる完璧なエスコートに、学園中の女性が羨望のまなざしを向ける。…はずだった。

差し出された手を取るべきか、取らざるべきか…。こんな事初めてのつくしには気恥しく、その手を取る事を躊躇した。

「あの、自分で降りられます。」

男はつくしの言葉に耳を疑った。

「バカヤロー、俺に恥かかすんじゃねえ。」

そう言うと、思い切り腕を引っ張られて車から強引に降ろされてしまった。
優雅とはかけ離れた荒わざだった。
それでも学園中の生徒がつくしの登場に驚いた。
その瞬間、その場にいる全ての視線がつくしに向けられた。

「いいか、この牧野つくしは今日から俺の女だ。」

誤解を解く前に、全校生徒に知られるなんて…

衆人環視の中、堂々と告げられたそれに、全校生徒がどよめいた。
しかしつくしに向けられるのは、痛いような鋭い視線ばかりだった。
いたたまれたくなり、この場から早く逃げ出したい。
そのつくしの想いが通じたのか、男はつくしの手を引きながら校内に歩き出した。

二人が去った後の玄関は、この話題でもちきりになった。

「おい、誰だよ!?」

「え?あんな子いた?」

「二年の牧野つくしだよ。ほら、目立たない子。」

「何でそんな奴がよりにもよって道明寺さんの彼女になれんだよ?」

「知らないわよ!知ってたら私がなってるんだから!」




その後道明寺は、つくしを教室まで送り届けると

「いいか、くれぐれも浮気すんじゃねえぞ。

したら相手の男…ぶっ殺す。」

脅しにしか聞こえない言葉を口にした。
コクコク
あまりにも物騒な言葉に、つくしは言い返す事を忘れてただ頷くことしか出来なかった。
だが男はそんなつくしを満足気に見つめると、ぽんぽんと頭を撫でて極上の笑みを浮かべた。

あ…この人笑えるんだ

先程までの高圧的な態度とうってかわり、つくしは一瞬その笑顔にキュンとしてしまった。

「んじゃ、ランチ一緒に食べっからな。」

道明寺の予想外にキレイな微笑みに一瞬気をとられた間に、いつの間にか手をヒラヒラさせながら、道明寺は廊下の向こうに小さくなっていた。

「あっ、ランチなんて」

それを見計らったかのように、どこから湧いて出たいのかつくしの周りをクラスメイトは勿論、知らない人までが取り囲んで質問攻めにした。
その質問のどれもがつくしの耳を右から左に抜けて行った。

そもそも勘違いのラブレターで“俺の女”とか“おまえの男”とか言われてもついていけなかった。
早く勘違いを訂正したい。車内ではその想いだけだったが、こうも早く全校生徒に知れ渡ると今更勘違いなどとは言い出せない状況になっていた。

どうしよう。

あっという間にお昼休みになり、宣言通りに道明寺はやって来た。
当然のようにカフェテラスへ行こうとする道明寺に、つくしはお弁当があるからと伝えた。

お弁当がある=カフェに行く必要がない=あたしは行かないよ

そういう意図だったのだが、理解する気がないのか伝わる事はなく、そのお弁当をひょいとつくしの手から取ると、

「これは俺が食うから」

そう言って、ニマニマと嬉しそうに笑いながらつくしを引きずってカフェに連れて行った。

外部生で庶民であるつくしにとって、初めて訪れたそこは本当に学食か!?と思うほどに高級感に溢れていて、メニューも値段の見間違いかと思うほどに高額な物ばかりだった。

「ランチにこんなにお金はかけられません。あたしのお弁当返して下さい。」

「俺が払うんだからいいんだよ。たかが3000円ぽっちでガタガタ言ってんなよ。」

「でもそれはあなたのご両親のお金です。あなたにとっては3000円はたかがなのかもしれませんが、あたしにとってはそれを稼ぐためには2時間半働かなくてはいけません。」

つくしは司の手からお弁当を奪い取り、いつも食べている屋上へ向かった。
残された司は言葉が見つからなかった。
司にとっては本当にはした金だった。これまでお金に苦労した事などなく、降って湧くように底なしに使える物だと思っていた。

司は踵を返し走り出した。目的地は分かっている。つくしがランチを食べている場所はいつもあそこだから。
廊下を走り抜け、階段を駆け上がりドアを開けると、予想通りつくしはそこにいた。
大の字になって寝転び、空を仰ぎ見る彼女の隣に司も寝転んで見た。

司が隣に寝転んだというのに、つくしは微動だにせず仰向けになり瞳を閉じたままだ。

「おまえの時給って幾らなんだ?」

お坊ちゃんが何を聞くんだか……それを聞いてまだバカにしたいのか?つくしはそう思った。

「850円」

「それは妥当なのか?」

「まぁそうね。普通の高校生にはこれが相場よ。」


「そっか。……俺は俺の世界しか知らねぇし、お前の普通はわかんねぇ。
ただ、別にお前をバカにするつもりとかはなかった。

ランチもよ、あれが俺にとっては当たり前だから、むしろあれ以外考えた事なかった。
弁当はさ、自慢じゃねえけど食べてって持ってこられるなんて何度もあった。だが知らないやつが作ったもんなんて食う気しなくて全部断ってた。それがよ、おまえの弁当は食べてみたくなったんだ。」

「別にあんたの為に作ったものじゃないよ。」

「んな事分かってる。俺はおまえがどんなものを食ってんのか知りたかったんだよ。」

「お坊ちゃんの口には合わないと思うけど」

「お坊ちゃんとかキメェ事言ってんじゃねえ。名前でよべよ。」

「えー、名前?じゃあ…道明寺?」

「何で苗字なんだよ。司ってよべ!」

「やだよ、あたしのことは牧野でいいから。」

「んん…わかった。じゃ、牧野って呼ぶ事にするわ。」

「うん。じゃ……道明寺。クス」

「じゃ、なんか食わせろよ。俺腹へってんだよ。」

「もー…じゃあ半分個ね。後でおなかが空いて泣いても知らないからね?」

「ガキじゃあるまいしそんなんで泣かねえよ。」

「これ何て言うんだ?」

「これは?」

道明寺には全てが初めてのおかずだったらしく、指を指して聞いては恐る恐る口にして、眉間にしわを寄せたり、目を輝かせておいしそうに喜んで食べてくれたり…

お弁当が半分になったり、全校生徒にジロジロ見られて居心地が悪いけれど、関わりたくないと思っていた数時間前には知らなかった、道明寺の初めて見る意外な姿につくしはちょっとずつ心が動かされていた。





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あなたがいたら ~23~ 

『レイプした。レイプした。レイプした。レイプした。……etc.』

尊の言葉とともに、日本で目にした司の痴態が楓の中で消化しきれず、リフレインしていた。

「楓、大丈夫か?」

焦点の定まらない妻からは同様が色濃く表れていた。心配し、尊は握ったままの左手はそのままに、右手で妻の腕を労わるように擦りながら呼び続けた。

「大丈夫なわけ…お願いです。冗談だとおっしゃって。」

妻の目は縋るようにジッと俺を見つめてきた。
その瞳から、冗談などではない事などわかっていて、ただ認めたくないのだろうとよくわかった。

「ずっと任せきりですまなかったな。」

妻の目には今にも零れ落ちそうな涙が浮かんでいた。
こんなに弱弱しい姿、初めて見た。
何とも儚げなその姿に、尊の胸は締め付けられた。
世間では鉄の女と揶揄されているが、ひとたびその鉄の鎧を脱いでしまえば、普通の女なのだ。
そしてその鎧を着させてしまったのは、尊自身だ。

嘘だと言ってやりたい。例えすぐバレル嘘でも今だけは…だがそれがバレてしまった時の事を考えると、彼女の為には決してならない事を尊自身よくわかっている。

「残念だよ。」

その言葉を合図に涙はハラハラと頬を伝い落ちた。それを見てられず隠すように、尊は楓を胸に閉じ込めた。

「辛いだろうけれど、このままでいいから何があったかを聞いてくれ。」

「嫌です。…グスン…あなた最初におっしゃったじゃないですか?きっと今聞いた方がわたくしの心の重荷も幾分かは軽くなって眠れると思うと。これのどこが…グスッ…益々辛くなっただけですわ。」

「あぁ確かに言った。だが楓も知っておかなければならないんだ。この困難を俺はおまえと共に乗り越えて行きたいんだ。」

初めて向き合ってくれた。
ずっと仕事一筋だった夫が、初めて夫らしく向き合ってくれていると楓は思った。
言葉を発っす代わりにコクンと頷いた。
尊はそれを合図に、タマから聞いた話を順を追って胸元に顔をうずめている楓に話して聞かせた。

詳細な話は耳を塞ぎたくなる様な話だった。
無邪気に笑い母親である自分を求めてくれていた幼い愛息の姿を思い浮かべては信じられないと思い、だがホテルでのあの姿を思い浮かべると、その愚行も事実だろうと思ってしまう。

「事もあろうに邸でだなんて…なんて愚かなのかしら。
それで牧野さんは?」

「タマが付き添って病院へ運んだ。俺もすぐに呼ばれ駆け付けたんだが、殴られた顔が痛々しくて…自分の息子ながら鬼畜すぎてゾッとした。」

自分の息子に対しゾッとするとは何事か?そう思うのに、楓も又尊と想いは同じだった。

「…かわいそうに。彼女には申し訳ない事をしたわね。
ところでいつの間に帰国なさったの?」

「半月前の君の出張中にな。まぁ、極秘だったから。」

「そう…だからどれだけ調べても消息が掴めなかったのね。」

「さすがだろ?」

「タマはあなたを頼ったのね。でもわたくしにも秘密になさるなんて!」

「あぁ。…悪かったよ。まぁ、おまえより付き合いが長いからな。」

尊はそう言ってはぐらかしたが、楓にはタマが自分を信用していないから尊を頼った事がわかりすぎる程にわかった。
これまでの経緯を考えればそれも当然だろう…
でも今は、夫の小さな優しい嘘が嬉しかった。

「クスッ…そういう事にしておくわね。」


「それに、道明寺の希望を守って欲しいと頼まれたからな。」

「希望…ですか?」

「あぁ、つくしの腹の中には司の赤ん坊がいる。」

楓は再び鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
しかしそんな重大かつ深刻な事を、こともなげに、幸せそうに話す夫に苛立ちを覚えた。

「なんて事ッ!?どこが希望なんですか!!そんな…いくらなんでも牧野さんに申し訳ないわ。」

突如怒りを露わに憤慨する妻の反応に尊はおかしくなった。

「ハハッ俺も聞いた時は勘違いしたんだが、記憶を失う前に出来た子だそうだ。
何よりつくしが産みたいと言ってるし、タマも命に代えて守るそうだ。それを俺たちにどうこうなんて出来ないだろ?」

産みたい?守る?

「えっ!?…それはつまり…」

「君の孫が産まれるんだよ。」

孫…

「おまえは俺以上にわかってるだろ?司がどれだけ彼女を好きだったのか。
司の記憶が戻った時に、間違いなくあいつは自分を責めるだろう。いや、やった事実を考えたら責めなくてはならないんだが、責めて自暴自棄になりかねない。きっと救ってくれるのは彼女と産まれてくる赤ん坊だと思う。だから俺も、俺の持ちうる全ての力を使って守ってやりたいんだ。」

辛い目にあったというのに、その相手の子を産みたいといっているつくしに対し驚いたが、すぐに彼女はそういう人間だったと思い直し、彼女の愛情深さに感謝した。

「そうね…わたくしも仲間に入れて下さる?」

「あぁ、そう言ってくれるとわかってたよ。」

「それで牧野さんは?」

「明日紹介するよ。」

「楽しみね。
クスッあなたのおっしゃる通り、今夜聞けて良かったわ。」

「これで今夜はぐっすり眠れるだろ?」

「いいえ、今夜は興奮して眠れそうにないわ。」





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