Love Letter ~前編~ 

「ヨッ!迎えに来てやったぞ。」

迎え?つくしには、今わが身に起こっている事が理解できずにいた。
突如登校中の道で横づけされた場違いなリムジン。そして中々出てきたのは、つくしが最も関わりたくないと思っている男だった。
そしてその男とこれまで何の接点も関わりもなく過ごしてきたというのに、なぜ今目の前に現れたのか?
そして、男の言っている事が全く心当たりもなく理解できなかった。

「あのぉ、迎えとはどういう事でしょう?そんな事して頂くような間柄でもないですよね、あたしたち。」

「フッ…おまえバカか?」

鼻で笑いながらそういうと、目の前の男はパンツの後ろポケットから何やら封筒を取り出した。

「これ、なんだか分かるよな?」

えっ…なんでこいつが持ってるの!?
見間違えるはずがない。なぜならそれは、生まれて初めて想いをしたためたラブレターであり、昨日想い人の下駄箱にこっそりと置いてきたのだ。

ちゃんと名前確認したはずなのに、まさかの間違い!?うそ、どうしよ。…とにかくまず間違いですって言って取り返さなくちゃね。

ヨシ、と意気込んで言おうとしたところで、目の前の男はとんでもない事告げ、その衝撃につくしは出鼻を挫かれてしまった。

「今…なんて…」

「だぁかぁらぁ、おまえの告白受けてやる!」

「そんな…あたし」

なんて言ったらいいんだろう。間違えました!って叫びたいのにこの恐ろしいまでの威圧感は何?めっちゃ目つきが蛇みたいで怖いし…大体なんであたし今睨まれてんの?

つくしは視線を合わせないように俯いた。

すると、又してもとんでもない言葉が男の口から飛び出して、つくしは恥ずかしさのあまり顔を赤らめた。

『ずっと好きでした。 牧野つくし』

「これ、おまえだろ?」

ジーザス!!

「あはっ…あはっ…そうみたいですね…あははは…」

最早笑うしかないよ。
おぉ神様、なぜあたしはよりにもよってこの男の下駄箱に間違えて入れてしまったのでしょうか。
そもそもなぜ花沢さんへってちゃんと書かなかったのか。
今はそれが悔やまれますよ…ハハハ

「あはあは笑って気味悪いぞ。いいか、たった今からおまえは俺の女で、俺はおまえの男だ。」

俺の女!?

おまえの男!?

「まぁ、いつまでも立ち話してらんねえな、乗れよ。」

一体どこへ連れて行く気なのだろうか?子供のころから見ず知らずの人には付いて行ってはいけない。そうしつけられてきたが、知らないわけではないが、それは学校が同じだからであって、友達ではない以上他人も同然だ。

「い、いいです。」

絶対乗りたくない!その一心で乗車を拒み続けていると

「いいから乗れ!後ろつかえてんだろ。」

言われて視線を向けると、リムジンの後ろには何台もの車が道を塞がれクラクションを鳴らしていたのだ。
その状況にテンパってしまい、つくしは言われるがままに車に乗り込んだ。

向かい合って座ろうとすると、腕を引っ張られて男の隣に腰をおとさせられた。

その後は隣で何やら楽し気に喋りかけてきてた様な気がするけれど、突然の出来事に気持ちも頭もついていけず、うわの空で空返事を打ち続けた。

男はそんなつくしの事などお見通しだった。
心ここにあらずな事も。自分の話を聞いてくれていない事も。それでも隣に座り、手を伸ばさずとも触れられる距離にいてくれる事が嬉しかった。
30分後、車はいつも通り正門を潜り、玄関前で静かに停車した。

全校生徒はリムジンの持ち主の登校を出迎える為に整列していた。
中からいつも通りその長い足を使って優雅に現れた男。ただ今日はいつもとは違った。男の後からエスコートされて一人の女生徒が現れた。誰もが憧れる完璧なエスコートに、学園中の女性が羨望のまなざしを向ける。…はずだった。

差し出された手を取るべきか、取らざるべきか…。こんな事初めてのつくしには気恥しく、その手を取る事を躊躇した。

「あの、自分で降りられます。」

男はつくしの言葉に耳を疑った。

「バカヤロー、俺に恥かかすんじゃねえ。」

そう言うと、思い切り腕を引っ張られて車から降ろされてしまった。
優雅とはかけ離れた荒わざだった。
それでも学園中の生徒がつくしの登場に驚いた。
その瞬間、その場にいる全ての視線がつくしに向けられた。

「いいか、この牧野つくしは今日から俺の女だ。」

誤解を解く前に、全校生徒に知られるなんて…

衆人環視の中、堂々と告げられたそれに、全校生徒がどよめいた。
しかしつくしに向けられるのは、痛いような鋭い視線ばかりだった。
いたたまれたくなり、この場から早く逃げ出したい。
そのつくしの想いが通じたのか、男はつくしの手を引きながら校内に歩き出した。

二人が去った後の玄関は、この話題でもちきりになった。

「おい、誰だよ!?」

「え?あんな子いた?」

「二年の牧野つくしだよ。ほら、目立たない子。」

「何でそんな奴がよりにもよって道明寺さんの彼女になれんだよ?」

「知らないわよ!知ってたら私がなってるんだから!」


その後道明寺は、つくしを教室まで送り届けると

「いいか、くれぐれも浮気すんじゃねえぞ。

したら相手の男…ぶっ殺す。」

脅しにしか聞こえない言葉を口にした。
コクコク
あまりにも物騒な言葉に、つくしは言い返す事を忘れてただ頷くことしか出来なかった。
だが男はそんなつくしを満足気に見つめると、ぽんぽんと頭を撫でて極上の笑みを浮かべた。

あ…この人笑えるんだ

先程までの高圧的な態度とうってかわり、つくしは一瞬その笑顔にキュンとしてしまった。

「んじゃ、ランチ一緒に食べっからな。」

そう言って手をヒラヒラさせながら、道明寺は去って行った。

それを見計らったかのように、どこから湧いて出たいのかつくしの周りをクラスメイトは勿論、知らない人までが取り囲んで質問攻めにした。
その質問のどれもがつくしの耳を右から左に抜けて行った。

そもそも勘違いのラブレターで“俺の女”とか“おまえの男”とか言われてもついていけなかった。
早く勘違いを訂正したい。車内ではその想いだけだったが、こうも早く全校生徒に知れ渡ると今更勘違いなどとは言い出せない状況になっていた。

どうしよう。

あっという間にお昼休みになり、宣言通りにやって来た。
当然のようにカフェテラスへ行こうとする道明寺に、つくしはお弁当があるからと伝えた。

お弁当がある=カフェに行く必要がない=あたしは行かないよ

そういう意味だったのだが、伝わる事はなく、そのお弁当をひょいとつくしの手から取ると、

「これは俺が食うから」

そう言って、ニマニマと嬉しそうに笑いながらつくしを引きずってカフェに連れて行った。

外部生で庶民であるつくしにとって、初めて訪れたそこは本当に学食か!?と思うほどに高級感に溢れていて、メニューも見間違いかと思うほどに高額な物ばかりだった。

「ランチにこんなにお金はかけられません。あたしのお弁当返して下さい。」

「俺が払うんだからいいんだよ。たかが3000円ぽっちでガタガタ言ってんなよ。」

「でもそれはあなたのご両親のお金です。あなたにとっては3000円はたかがなのかもしれませんが、あたしにとってはそれを稼ぐためには2時間半働かなくてはいけません。」

つくしは司の手からお弁当を奪い取り、いつも食べている屋上へ向かった。
残された司は言葉が見つからなかった。
司にとっては本当にはした金だった。これまでお金に苦労した事などなく、降って湧くように底なしに使える物だと思っていた。

司は踵を返し走り出した。目的地は分かっている。つくしがランチを食べている場所はいつもあそこだから。
廊下を走り抜け、階段を駆け上がりドアを開けると、予想通りつくしはそこにいた。
大の字になって寝転び、空を仰ぎ見る彼女の隣に司も寝転んで見た。

司が隣に寝転んだというのに、つくしは微動だにせず仰向けになり瞳を閉じたままだ。

「おまえの自給って幾らなんだ?」

「850円」

「マジか…わりい別にお前をバカにするつもりとかはなかった。ただこれが俺にとっては当たり前だから。
弁当もよ、自慢じゃねえけど食べてって持ってこられるなんて何度もあった。だが知らないやつが作ったもんなんて食う気しなくて全部断ってた。それがよ、おまえの弁当は食べてみたくなったんだ。」

「別にあんたの為に作ったものじゃないよ。」

「んな事分かってる。俺はおまえがどんなものを食ってんのか知りたかったんだよ。」

「お坊ちゃんの口には合わないと思うけど」

「お坊ちゃんとかキメェ事言ってんじゃねえ。名前でよべよ。」

「えー、名前?じゃあ…道明寺?」

「何で苗字なんだよ。司ってよべ!」

「やだよ、あたしのことは牧野でいいから。」

「んん…わかった。じゃ、牧野って呼ぶ事にするわ。よろしくな。」

「うん。宜しく道明寺。」

「じゃ、なんか食わせろよ。俺腹へってんだよ。」

「もー…じゃあ半分個ね。後でおなかが空いて泣いても知らないからね?」

「ガキじゃあるまいしそんなんで泣かねえよ。」

「これ何て言うんだ?」

「これは?」

道明寺には全てが初めてのおかずだったらしく、恐る恐る口にしては眉間にしわを寄せたり、目を輝かせておいしそうに喜んで食べてくれたり…

お弁当が半分になったり、全校生徒にジロジロ見られて居心地が悪いけれど、関わりたくないと思っていた数時間前には知らなかった、道明寺の初めて見る意外な姿につくしはちょっとずつ心が動かされていた。





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あなたがいたら ~23~ 

『レイプした。レイプした。レイプした。レイプした。……etc.』

尊の言葉とともに、日本で目にした司の痴態が楓の中で消化しきれず、リフレインしていた。

「楓、大丈夫か?」

焦点の定まらない妻からは同様が色濃く表れていた。心配し、尊は握ったままの左手はそのままに、右手で妻の腕を労わるように擦りながら呼び続けた。

「大丈夫なわけ…お願いです。冗談だとおっしゃって。」

妻の目は縋るようにジッと俺を見つめてきた。
その瞳から、冗談などではない事などわかっていて、ただ認めたくないのだろうとよくわかった。

「ずっと任せきりですまなかったな。」

妻の目には今にも零れ落ちそうな涙が浮かんでいた。
こんなに弱弱しい姿、初めて見た。
何とも儚げなその姿に、尊の胸は締め付けられた。
世間では鉄の女と揶揄されているが、ひとたびその鉄の鎧を脱いでしまえば、普通の女なのだ。
そしてその鎧を着させてしまったのは、尊自身だ。

嘘だと言ってやりたい。例えすぐバレル嘘でも今だけは…だがそれがバレてしまった時の事を考えると、彼女の為には決してならない事を尊自身よくわかっている。

「残念だよ。」

その言葉を合図に涙はハラハラと頬を伝い落ちた。それを見てられず隠すように、尊は楓を胸に閉じ込めた。

「辛いだろうけれど、このままでいいから何があったかを聞いてくれ。」

「嫌です。…グスン…あなた最初におっしゃったじゃないですか?きっと今聞いた方がわたくしの心の重荷も幾分かは軽くなって眠れると思うと。これのどこが…グスッ…益々辛くなっただけですわ。」

「あぁ確かに言った。だが楓も知っておかなければならないんだ。この困難を俺はおまえと共に乗り越えて行きたいんだ。」

初めて向き合ってくれた。
ずっと仕事一筋だった夫が、初めて夫らしく向き合ってくれていると楓は思った。
言葉を発っす代わりにコクンと頷いた。
尊はそれを合図に、タマから聞いた話を順を追って胸元に顔をうずめている楓に話して聞かせた。

詳細な話は耳を塞ぎたくなる様な話だった。
無邪気に笑い母親である自分を求めてくれていた幼い愛息の姿を思い浮かべては信じられないと思い、だがホテルでのあの姿を思い浮かべると、その愚行も事実だろうと思ってしまう。

「事もあろうに邸でだなんて…なんて愚かなのかしら。
それで牧野さんは?」

「タマが付き添って病院へ運んだ。俺もすぐに呼ばれ駆け付けたんだが、殴られた顔が痛々しくて…自分の息子ながら鬼畜すぎてゾッとした。」

自分の息子に対しゾッとするとは何事か?そう思うのに、楓も又尊と想いは同じだった。

「…かわいそうに。彼女には申し訳ない事をしたわね。
ところでいつの間に帰国なさったの?」

「半月前の君の出張中にな。まぁ、極秘だったから。」

「そう…だからどれだけ調べても消息が掴めなかったのね。」

「さすがだろ?」

「タマはあなたを頼ったのね。でもわたくしにも秘密になさるなんて!」

「あぁ。…悪かったよ。まぁ、おまえより付き合いが長いからな。」

尊はそう言ってはぐらかしたが、楓にはタマが自分を信用していないから尊を頼った事がわかりすぎる程にわかった。
これまでの経緯を考えればそれも当然だろう…
でも今は、夫の小さな優しい嘘が嬉しかった。

「クスッ…そういう事にしておくわね。」


「それに、道明寺の希望を守って欲しいと頼まれたからな。」

「希望…ですか?」

「あぁ、つくしの腹の中には司の赤ん坊がいる。」

楓は再び鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
しかしそんな重大かつ深刻な事を、こともなげに、幸せそうに話す夫に苛立ちを覚えた。

「なんて事ッ!?どこが希望なんですか!!そんな…いくらなんでも牧野さんに申し訳ないわ。」

突如怒りを露わに憤慨する妻の反応に尊はおかしくなった。

「ハハッ俺も聞いた時は勘違いしたんだが、記憶を失う前に出来た子だそうだ。
何よりつくしが産みたいと言ってるし、タマも命に代えて守るそうだ。それを俺たちにどうこうなんて出来ないだろ?」

産みたい?守る?

「えっ!?…それはつまり…」

「君の孫が産まれるんだよ。」

孫…

「おまえは俺以上にわかってるだろ?司がどれだけ彼女を好きだったのか。
司の記憶が戻った時に、間違いなくあいつは自分を責めるだろう。いや、やった事実を考えたら責めなくてはならないんだが、責めて自暴自棄になりかねない。きっと救ってくれるのは彼女と産まれてくる赤ん坊だと思う。だから俺も、俺の持ちうる全ての力を使って守ってやりたいんだ。」

辛い目にあったというのに、その相手の子を産みたいといっているつくしに対し驚いたが、すぐに彼女はそういう人間だったと思い直し、彼女の愛情深さに感謝した。

「そうね…わたくしも仲間に入れて下さる?」

「あぁ、そう言ってくれるとわかってたよ。」

「それで牧野さんは?」

「明日紹介するよ。」

「楽しみね。
クスッあなたのおっしゃる通り、今夜聞けて良かったわ。」

「これで今夜はぐっすり眠れるだろ?」

「いいえ、今夜は興奮して眠れそうにないわ。」





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恋説 ~18~ 

俺は牧野の嘔吐を受け止めたシャツを脱ぎ捨てパンツと下着も一気に脱ぎ去ると、勢いよく流れるシャワーを全身に浴びた。
浴び終えた俺は、何とも言えない爽快感に襲われた。

「ハーすっきりした。」

バスローブを羽織、ゴシゴシと髪の毛を拭きながらリビングへ行くと、まだ牧野は来ていなかった。女だから当然か。その時はそう思ったが、更に15分経過しても牧野は出てこない。もしや具合が悪くなって倒れているんじゃ?
心配になった俺はシャワールームのドアの前に立った。
既にシャワーの水の流れる音はしなかった。
というよりも、物音一つしない。
しかし中で立っているのがくっきりとわかるシルエットが映し出されている。
一体何やってんだ?
不審に思った俺は声をかけた。

「どうした?中々出てこねえけど具合でも悪いのか?」

「いえ、具合は…大丈夫です。ただ…」

「ただなんだよ?」

「着替えが…えっと…昨日着ていたスーツもシャツも汚してしまったので…」

「そこにバスローブがあるだろ?」

「はい。えっ!?これを着るんですか?」

牧野の声とは別に、入口から誰から入って来た。

「牧野、ちょっと待て。」

俺は牧野にそう告げると再びリビングに戻った。
そこには昨夜電話をしておいた西田が、頼んだ物を持って現れた。

「司様にまさか牧野さんのお召し物を用意するよう言付かるとは夢にも思いませんでした。」

そう言った西田の視線は、まだ濡れたままの俺の髪の毛にバスローブ姿、そしてホテルという場所柄からだろう、おそらくそういう行為をしたと勘違いしてなのだろう明らかに非難めいていた。

そりゃそうだよな。まさか女物の服を、しかも部下の服をこんな朝っぱらから用意させられるなんて思わねえよな。

「俺だって、まさかゲロかけられるとは夢にも思わなかったぞ。」

西田は眼鏡の奥の瞳を見開いて驚いていた。

「まさか…」

「いやマジだ。」

今ので西田はどう受け取っただろうな?まぁいい。

俺は西田の手から新しいスーツが入っている袋を受け取ると足早にバスルームへ戻った。

「キャッ!!」

まだシャワールームにいると思いこんでいた牧野は、既にバスローブを羽織っていた。
だがじろじろと見てはいけない気がして、俺は視線を横に走らせた。

「わりい。…これ着替えだ。早く着替えて来いよ。」

それだけ言うと、袋を足元に置いてリビングに戻った。

「クスッ…顔が赤いですが大丈夫ですか?」

「チッ…赤くなんかねぇよ!」

「今日の予定ですが、ご指示あったとおり変更しております。では、私はこれで退散させて頂きます。」

「西田、色々サンキューな。」

そう言うと、西田は笑顔を向けながら一礼して出て行った。



その時つくしは袋の中身に手はプルプルと小刻みに震え、開いた口がふさがらないでいた。





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面影 ~1~ 

夏が終わり、これから巨峰の収穫という時期を前に92歳で老衰の為曾祖母が亡くなった.

曾祖父は第二次世界大戦で戦死しており、曾祖母は戦後七十年以上に渡り一人身を貫いてきた。そんな曾祖母は女で一つで息子である祖父を育て、祖父からは母と母の弟が生まれた。家を継いだ祖父と叔父一家と同居していたが、高齢だが身の回りの事も全て自分でこなし、忙しい農家の孫夫婦の為にと昼食は祖母と一緒に台所に立ち作っていたほど亡くなる直前まで元気でしっかりしていたのだ。
巨峰農家であり、巨峰が大好物でもある曾祖母にとっては、一番辛いタイミングだったかもしれない。
だが、一年で最も忙しい時期を目前に亡くなったのは、他人に迷惑をかける事を嫌う曾祖母らしいタイミングだったのかもしれない。

四十九日法要で親族総出で遺品整理をしていると、風呂敷包に包まれた古びた女性の裸婦画をつくしは発見した。その女性はつくしによく似ていた事と裏に志乃さんへと書かれていた事から祖母がモデルなのだとすぐにわかった。
つくしの曾祖父は先の第二次世界大戦で亡くなったが、美大に通っていたと聞いている。その曾祖父が描いたものだろう。

「なんか…」

「なに?」

「うん…あたしに似てるからさ、こうして見ると自分がモデルみたいで気恥ずかしいね。」

「そうねぇ。あんたはばあちゃん似だからねぇ。」

「ひいばあちゃんもさ、恥ずかしくて隠してたのかな?」

「どうかしらね。でも描いてもらってる時は恥ずかしさも感じない程きっと幸せだったんだろうね。」

「そうだね。きれいな絵だもん。」

「そうね。でも随分痛みが激しいわね。」



ここの隣の市に戦争で亡くなった画家や画家志望の美大生が遺した画を修復し展示している美術館がある。祖母は大切に保管していたようだが、所詮素人。長い月日には敵わなかったのだろう、傷みが目立つ。つくしは両親や親族たちと相談し、既に美術館に寄贈している絵同様にこの絵も寄贈する事にした。

そして一年後の10月、修復が完了し展示することになったと連絡を受けた。
つくしの一家は東京住まいの為、家族を代表し週末を利用して一人美術館へ足を運んだ。

そこは長野県上田市にある。どこ?と思う人もいるかもしれない。近年では大河ドラマの『真田丸』や、アニメ映画の『サマーウォーズ』の舞台となった地である。
観光客も、上田城の観光に来る者が殆どだ。
だが、北陸新幹線に乗り、上田駅で下車し、サマーウォーズでも登場していた別所線に乗り換え、別所温泉駅へ向かう電車を途中下車してしばし歩くと、付近の建物は築100年は超えているだろう古い建物が多い中、異彩を放つ近代的な建物が目を引く。
それが美術館だ。

その美術館は無言館という。
一体何を展示しているのか?その館名からは想像し難いが、展示されている物がどういった物なのかをを知ったらその館名に納得してしまうだろう。
展示されている物は全て、戦争で亡くなられた画家や美大生たちの作品なのだ。
中には戦争から生きて帰ってきたら仕上げるからと言い残し、戦地に赴き、そして帰って来る事が叶わなかった人たちの未完成のままの作品も多くある。
また、きっとこれが最後になるだろうと覚悟を決めて描いだだろう自画像や、懐かしい平和だった頃の故郷を想い描いた風景画、愛する妻や恋人を描いた絵画、たくさんの作品がそこには所蔵されている。そのどれからも、もっと描きたかった。もっと作りたかったと、そこを訪れる物たちに無念を訴えかけてくるのだ。戦後70年以上経た今なおそこからは、強い想いが感じられ、そしてこれからも訴え続けるのだろう。



祖母の絵の前にはマジマジと見つめる長身でチョココロネのような髪型が印象的な男性が立っていた。
その男性は美術館の彫像から飛び出てきたのかと見まごう程にきれいな男性だった。
つくしは真剣に見つめるその横顔に我知らず見とれていた。



*****

俺は見合いの為にニューヨークから一時帰国した。それにあわせてまとまった休暇をもぎ取れた事から、見合いまでの数日をこの時期紅葉が美しい軽井沢で過ごす事にした。
久しぶりにうまい松茸が食いたくなって、数年ぶりに馴染みの山小屋を訪れてみる事にした。車を走らせる事一時間あまり、山小屋まであとちょっとという所で途中の看板が目を惹いた。なぜだか無性に気になって、俺は引き寄せられるように山小屋に着く前に寄ってみる事にした。

そこに展示されていたものは戦争で亡くなった画家や画家の卵の作品だけで、一つ一つに説明書きがされている。
一通り目を通して行くと、目を惹いて離せなくなった絵が展示されていた。

「これはっ!」

なぜこれがここに!?
説明書きを読むと思った人物と作者が違った。だが俺の中のざわめくこの直感は…




☆☆☆
この『無言館』は実在する美術館です。
私も二度訪れた事がありますが、霊感のない私ですが、あそこへ行くと何か感じます。それは決して嫌なものではなく、お話の中でも書きましたが、展示されている作家さんたちの深い想いがそこに集い溢れているからだろうと思います。
信州へお越しの際は、是非足を運んで見て下さい。





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これから毎日更新時間が楽しみになって頂けると嬉しいです。

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